社団法人 秋田犬保存会
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10.老犬神社の由来
 老犬神社――大館市を東に十二キロ、旧南部領土深井に接した旧秋田領の最北端、元十二所町葛原(現在大館市に合併)の山中にあり、宝物として万三郎山立家系の巻物と、又鬼猟師免状証文の二つがある。(前二貢は頂戴せる昔の御墨付)


 前者に就いては、今より約千百年前の五十六代清和天皇の御代、下野国日光山の麓に万次万三郎と言える弓の達人が住んでいたが、当時上野国赤木明神と日光権現と度々合戦され、赤城明神は長さ十八尋の大蛇なる為、日光権現は常に敗戦であった。権現は或る時白鹿に身を装い万三郎を誘って御堂に連れて行き、神体を現し加勢を乞われた。そして、白木の弓と神通の白羽の矢二本を授け赤木を討取るに及んでは日本国中の山々残らず与えることを約された。次の合戦に於て、万三郎は権現を助け、ついに赤木を射殺した。よって国中の山々を知行に授かり、山立御免の御朱印を得た。

 今一つの免除証文については、同社の起源を物語ると共に、哀れな白犬伝説ともなっている。それは、鹿角の部、草木の又鬼、佐多六は領主より先祖の功により、天下御免の証文を戴き、他領他国、たとえ寺社内に入るも差支えなき旨、記されてあった。当時彼は鹿角の山郷南部領草木に住まいし、妻と一匹の白犬と共に、平和な暮らしをしていたが、二月の或る朝、雪の中をカンジキを踏みしめ、白を連れて猟に出たが、この日は獲物がなかった。日暮れに及んで、漸く一頭のカモシカを認め、これを追って他領三戸に入って射止めた、その日は山小屋に一夜を明し、翌朝帰途につかんとするところを、数名の猟師に見とがめられ、遂に捕らわれの身になった、その時、不覚にも巻物を持参して居なかった彼は、断罪を下される身となってしまった。白は牢獄の外からこれを見守っていたが、やがてすべてを悟ったが如く、再度雪深き草木迄往復してやっと巻物を持ち帰ったのであるが、その時は息が絶え、主人は既に亡骸となって刑場に捨てられたのであった。

 白はこれを埋め、毎日、毎夜、山中で咆哮を続けたが間もなく、この地に地震が起こり、佐多六を殺した人々は、何れも死んだと云う伝説である。主を失った妻と白は、以後悲惨な、さすらいの旅を続けたが、葛原部落に至って、相共に一生を終わった。村人は、これを大変哀れみ、老犬神社を建立するに至った。
 老犬白の哀れな物語は、今もこの地の人々の冬の夜話として語り伝えられて、聞く人々の胸を打つ。
 近年、秋田犬飼育熱は全国的に拡まり、毎年4月17日は老犬神社の祭典で地元の人々をはじめ、遠方から参拝者が増加するようになった。
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